トロッコ問題と神風特攻隊

「暴走するトロッコの線路上に5人の作業員がいてこのままでは全員を轢き殺してしまう状況。切り替えられるポイントがあって切替路線上には1人の作業員しかいない。あなたはポイント切り替えることができる。さて、あなたはどうするか?」という思考実験。

類似する問題がいくつもあって、線路が歩道橋になっていてそばにいる一人を歩道橋の上から突き落としてトロッコを止められる場合はどうかとか、5人の重病人を臓器提供で助けるために臓器提供者1名を犠牲にしていいか、などがありますね。

この思考実験は、あなたの作為(トロッコの切り替え)で、犠牲になる人の生きる権利を剥奪していいのかということと、刑法37条の緊急避難などからみて5人を助けるべくポイントを切り替えるか否か。

刑法第37条
自己又は他人の生命、身体、自由又は財産に対する現在の危難を避けるため、やむを得ずにした行為は、これによって生じた害が避けようとした害の程度を超えなかった場合に限り、罰しない。ただし、その程度を超えた行為は、情状により、その刑を減軽し、又は免除することができる。
前項の規定は、業務上特別の義務がある者には、適用しない。

この思考実験の嫌なところは自分は安全な場所にいて、無邪気にポイントを切り替えられるところ。

逆の立場に立って、複数の人を助けるために自分を犠牲にできるか。
自分もよろこんで犠牲になるしそれが当然であり自然である精神性の持ち主なら、迷い無くポイントを切り替えるでしょうね。

しかし、私には無理。自分の子供や家族ならありえますが、赤の他人を助けるために自分が犠牲を強いられることは避けたいのが正直なところです。

自分は他人のために犠牲にはなりたくないがポイントは切り替える・・という選択ができるかということになりますが、そんな自己犠牲精神の無い奴にポイント切り替えられて自分一人が轢き殺されたら浮ばれません。

では、ポイントが切り替えられないまま轢き殺してしまった作業員5人のうちの一人だったらどうでしょう。
切り替えなかった人間を非難できるかというと、その根拠は薄いでしょう。
つまり「あいつを犠牲にして何故俺達を助けなかったのか」・・とは私にはちょっと言えません。

これらの反射から私は、ポイントを切り替えられる精神性を持ち合わせていないため、ポイントは切り替えないという残念な結果になります。

そんなことからは、かつての特攻隊の自爆攻撃が思い起こされます。
背景や当時の状況はさておき、特攻隊員各個人の高い精神性には最敬礼をしたいと思います。

そう、彼らにならポイントを切り替えられて、一人トロッコに轢き殺されても仕方がありません。

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